俳優・高橋一生さんの過去はあまり公表されていませんが、その過去は壮絶な生い立ちだったということがわかりました。
衝撃的な過去のエピソードや、複雑な家族構成について調べてみました!
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高橋一生の壮絶な生い立ちエピソード6選がエグい!

高橋一生さんはあまり自分のプライベートを話しませんが、調べてみるとなかなか衝撃的な過去を持っていたことがわかりました。
その生い立ちのエピソードというのが
・お金遣いが荒く、行き当たりばったりの生活
・お金を借りに行かされる
・けなす言葉を掛けられる
・私物を勝手に売られ、絶縁
・母親と和解、死別
・弟たちの親代わり
などがあります。
これらのエピソードは、高橋一生さんのお金遣いが荒かったのではなく、
高橋一生さんの母親の話です。
そんな母親の元で育った高橋一生さんの過去エピソードを詳しくご紹介していきます。
1:お金遣いが荒く、行き当たりばったりの生活

高橋一生さんの母親は、18歳で出産しています。
若くして出産するとそれだけで経済的に厳しいことが多いと思いますが、それに加えて高橋一生さんの母親はかなりお金の使い方が荒い人だったそう。
そのことについて高橋一生さんは
3~4年くらいどっかで働いて、その蓄えで自営業を始めるんですけど、それがいつも半年ぐらいで潰れちゃうんですよね。
その繰り返しだから、だいたいW杯くらいの周期でうちは貧困期を迎えるんですよ。
と話しています。
チャレンジ精神が旺盛な方だったようですね。
今でこそ「W杯ぐらいの周期で~」と明るく話していますが、当時は本当に苦しかったのではないでしょうか。
また、高橋一生さんの母親は幼少期かなり裕福な家庭で育ったようで、一般的な経済感覚が乏しく、生活レベルが下げられなかったとも言われています。
そのため、どんなに経済的に厳しい状況になっても母親は
「世田谷から離れたくない」
と閑静な高級住宅街で富裕層が住む都心の街から離れなかったそうです。
それにより、子供たちが振り回されることになってしまいます。
2:お金を借りに行かされる

生活レベルを下げられない母親の元で生活する子供たちは、
母親から命令されてお金を借りに行かされていたそうです。
これは高橋一生さんの弟である安部勇磨さんが明かしたエピソードです。
中学1年生の頃、仲のいい女の子がいて、俺はその子のことが好きだったんです。
その子は裕福な家庭の子だったから
「あの子の親から100万借りてこい」って母親に言われて…(笑)
子供にお金の無心をさせるなんて、衝撃的で…
安部勇磨さんは兄である高橋一生さんや次男もお金を借りに行っていたことを知っていたので、自分だけが断ることはできず。
結局安部勇磨さんは母親に言われるがまま、好きだった女の子に「100万円貸してほしい」とお願いしたそうです。
すると女の子の母親が
私は勇磨が好きだから、勇磨に100万円貸すよ。
あなたのお母さんに貸すんじゃなくて、勇磨に貸すんだ。
と言ってくれたそうです。
安部勇磨さんのエピソードですが、高橋一生さんもこのような経験をしているのですね…
3:けなす言葉を掛けられる

高橋一生さんの母親も実は元子役で、テレビ出演などをしたこともあるそうです。
名前など詳細はわからず、写真も見つけられませんでしたが、高橋一生さんが以前そのように話していました。
母親自身が芸能界であまり上手くいかなかった嫉妬なのか
「あんた、たいした顔してないんだから近所の兄ちゃん役したらいいのよ。」
「隣のあんちゃんを目指しなさい、あんたなんか」
と、高橋一生さんに向けて否定的な言葉を浴びせていたようです。
応援してほしい母親から「あんたなんか」と言われたら辛いですよね。
4:私物を勝手に売られ、絶縁

高橋一生さんの母親はお金が足りなくなると、子供にお金の無心をさせるだけでなく
子供たちの私物を勝手に売ってお金にすることもあったそうです。
そして家賃が払えなくなった母親は、勝手に高橋一生さんの車まで売ってしまったそうです!
この行動には高橋一生さんもさすがに我慢ならず。
今までのことも積み重なっていたのだと思います。
「縁を切る」
と、高橋一生さんは家を出ていきました。
母親と高橋一生さんはこの出来事を機に、絶縁状態になります。
5:母親と和解、死別

母親と絶縁状態になって10年ほど経った頃、弟からの連絡があり、母親が病気になったことを知ります。
しかし高橋一生さんは
「顔を合わせるとケンカになるから、もう少し弱ってから会いに行く」
とすぐには会いに行きませんでした。
そしていよいよ母親の容態が危ないという状況になり、高橋一生さんは母親に会いに行きました。
母親はやせ細り、やつれていたそうです。
そして高橋一生さんに会うなり母親は
「ごめんね、今まで」
と一言。
その言葉を聞いた高橋一生さんは
「もう大丈夫。弟はなんとかするからゆっくり休んで」
と言葉をかけ、その1週間後に母親は亡くなりました。
2015年の夏、母親は53歳でした。
死因はガンだったそうです。
散々な過去がありましたが、母親の「ごめんね」の一言が聞けて、高橋一生さんは受け入れることができたのかもしれません。
絶縁状態の母親と和解でき、恨みを残すことはなかったようです。
6:弟たちの親代わり
高橋一生さんは母親と死別した後、弟たちの親代わりをしています。
1番下の弟とは歳が18歳も離れているそうで、オムツを変えたりミルクを人肌に温めたり、我が子のように可愛がっていたそう。
また、弟たちには家計簿をつけさせていると話し、その理由は
若い頃っているのは、ある程度抑圧をかけないといけない。
ちゃんと規律的なことをやってからの自由っていうのが一番美しい。
規律みたいなものをしっかり持っていてもらいたい。
と話しています。
しっかりとした考えを持ってありますよね。

高橋一生は複雑な家族構成で父親が3人いる説の真相は!?

毒親とも言われる母親のもので育った高橋一生さんは少し複雑な家庭環境の中で育っています。
高橋一生の家族構成は?
高橋一生さんの家族は、祖母と両親、兄弟は高橋一生さんを含めて5人兄弟です。
ですが、実は弟たちは4人とも高橋一生さんと異父兄弟なんです!

しかも、実父を含めた父親3人もいるそうです!
高橋一生の父親は3人いる説の真相!

高橋一生さんの父親については、高橋一生さんが「A-studio」に出演した際、弟の安部勇磨さんが告白しています。
うちは親父が3人いるんですね。
長男の父親。次男と俺の父親。あと、四男と五男の父親ですね。
でも、最初の父親以外はみんな死んじゃってて。
と鶴瓶さんのインタビューで明かしました。
母親は恋多き人だったのか、結婚と離婚を繰り返す人だったとか…
高橋一生さんの実の父親は、幼稚園児だった頃に死別、という情報もありましたが
どうやら安部勇磨さんの発言からすると、実父だけは死別ではないようです。
とすると、高橋一生さんの母親と実の父親は高橋一生さんが5歳の頃、離婚と考えられます。
母親に引き取られた高橋一生さんは、赤坂に住む祖母が面倒を見てくれたそうです。
父親たちについてはあまり高橋一生さん達が語ることもないためわかりませんでした。
ただ、高橋一生さん達の母親も2015年夏に亡くなっているので、高橋一生さんは若くして三度も親を見送ったということですね。
まとめ
今回は高橋一生さんの過去について調べてみました。
・母親に振り回された過去が衝撃的
・母親の再婚により、義父2人と異母兄弟が4人いる
これからも高橋一生さんとご家族の活躍を応援しています!